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H19.9.29日(土) 掲載の絵は近江湖東三山の一つ百済寺山門の仁王さんです 再度の兵火に逢い天正十二年再建されたが本堂は簡素でした 山道の参道に山門がありそこの仁王さんです 心象スケッチ 春と修羅 賢治<大正十一年、十二年> 序 けれどもこれも新世代沖積世の 巨大に明るい時間の集積のなかで 正しくうつされた筈のこれらのことばが わずかその一点にも均しい明暗のうちに (あるひは修羅の十億年) すでにはやくもその組立や質を変じ しかもわたくしも印刷者も それを変らないとして感ずることは 傾向としてはあり得ます けだしわれわれがわれわれの感覚や 風景や人物をかんずるやうに そしてただ共通に感ずるだけであるやうに 記録や歴史あるひは地史といふものも それのいろいろの論料<データ>といっしょに (因果の時空的制約のもとに) われわれがかんじてゐるのに過ぎません <わずかその一点にも均しい明暗のうちに (あるひは修羅の十億年)>は 賢治が感じている時間は電燈の点滅やひとときの明暗を常に意識しているように 思えます、 今朝は5時半に目覚時計で目を覚ますも曇って暗いからと寝るが 6時半ごろに起きて洗面等をすませて散歩へ 曇り空ながら周囲の山々は濃紺の姿です やはり空気が澄んできた からでしょうか 田圃の稲刈りも近いようです、 新聞を読んで ミャンマーでの事故死 邦人銃撃死 故意の可能性も 至近距離からの銃撃 亡き記者に哀悼の意を表します、 |
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